バスケットボールを語るうえで、避けて通れない存在がNBA。
マイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソン、ラリー・バード、コービー・ブライアント、レブロン・ジェームズ、ステフィン・カリー……。
数多くのスター選手がNBAの歴史を彩り、現在ではアメリカだけでなく世界中からトップレベルの選手が集まるリーグとなっています。
しかし、NBAは最初から「世界最高峰のリーグ」だったわけではありません。
そのルーツをたどると、1891年に誕生したばかりのバスケットボールに行き着きます。
この記事では、バスケットボールの誕生からNBA成立までの歴史、時代を代表した選手やチーム、ルールや戦術の変化、そして世界へ広がったNBAの現在までをまとめます。
最後には、現在進んでいるNBA Europe構想など、これからのNBAについても紹介します。
- NBAとは?
- バスケットボールはいつ、どこで生まれた?
- NBAが誕生するまで――BAAとNBL
- 1949年、NBA誕生
- 1950年代――ジョージ・マイカンとNBA初期
- 1960年代――セルティックス王朝とビル・ラッセル
- 1970年代――ABAとの競争と3ポイントシュート
- 1980年代――マジック・ジョンソンとラリー・バード
- 1990年代――マイケル・ジョーダンとシカゴ・ブルズ
- 1992年ドリームチーム――NBAが世界へ
- 2000年代――NBAの国際化
- 2010年代――ステフィン・カリーと3ポイント革命
- 2020年代――世界中のスターがNBAへ
- NBAの歴史に残るチーム
- NBAの歴史に残る選手
- NBAの歴史を変えたルールと戦術
- NBAとBリーグ、ユーロリーグ、NCAA、Gリーグの違い
- 日本人選手とNBAの歴史
- NBAはなぜ世界的なリーグになったのか?
- NBAの歴史年表
- NBAの未来――世界最高峰のリーグはどこへ向かうのか?
- まとめ――NBAの歴史はバスケットボールそのものの進化
NBAとは?
NBAは「National Basketball Association」の略称。
アメリカとカナダを拠点とする男子プロバスケットボールリーグで、現在は30チームが所属しています。
NBAのリーグとしてのルーツは1946年に設立されたBAA(Basketball Association of America)。
その後、1949年にBAAとNBL(National Basketball League)が統合され、現在につながるNBAが誕生しました。
つまり、
・バスケットボール誕生=1891年
・BAA設立=1946年
・NBA成立=1949年
という流れです。
NBAの歴史を見るとき、この3つを分けて考えることが重要です。
バスケットボールはいつ、どこで生まれた?
NBAの歴史を理解するためには、まずバスケットボールそのものの誕生から見ていきましょう。
バスケットボールが考案されたのは1891年。
舞台となったのはアメリカ・マサチューセッツ州スプリングフィールドです。
考案者は、カナダ出身の体育教師だったジェームズ・ネイスミス。
冬の間、屋内で学生たちが安全に体を動かせる新しいスポーツを作る必要があり、ネイスミスは新競技を考案しました。
最初の試合では、現在のようなバスケットボール専用のゴールはありません。
使われたのは桃を入れる2つのバスケットとサッカーボール。
そしてネイスミスが作った最初のルールは13項目でした。
1891年12月21日、スプリングフィールドで最初のバスケットボールの試合が行われます。
現在のNBAから見ると、かなり素朴なスタート地点です。
そこからドリブル、バックボード、ネットなどが導入され、競技としてのバスケットボールは少しずつ現在の形へ近づいていきました。
そして1920年代には、Original CelticsやHarlem Rensなどのプロチームが登場。
バスケットボールは学校や大学だけのスポーツではなく、観客を集めるプロスポーツへと発展していきます。
1936年にはオリンピック競技にも採用。
一人の体育教師が考案した屋内競技は、やがて世界的なスポーツへと成長していきました。
NBAが誕生するまで――BAAとNBL
1940年代になると、アメリカでは複数のプロバスケットボールリーグが存在するようになります。
その中でもNBAの成立を理解するうえで重要なのが、BAAとNBLの2つです。
BAA
1946年に設立されたのがBasketball Association of America、通称BAA。
ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィアなど、大都市を中心にチームが参加しました。
現在のNBAにつながる直接的なルーツです。
NBL
一方、NBLはそれ以前から存在していたプロリーグ。
中西部を中心に活動しており、BAAとは別のプロバスケットボール勢力でした。
この2つのリーグが競争した結果、最終的に統合へ向かいます。
1949年、NBA誕生
1949年8月3日。
BAAとNBLが統合し、National Basketball Association(NBA)が誕生しました。
これが現在のNBAの出発点です。
当時から現在のような30チーム体制だったわけではありません。
チーム数も少なく、リーグ自体が現在ほど巨大な存在だったわけでもありません。
そこからチームの移転や新規参入、リーグ拡張、ライバルリーグとの統合などを繰り返しながら、NBAは徐々に規模を拡大していきます。
そして初期NBAの人気を支えた大スターが、ジョージ・マイカンでした。
1950年代――ジョージ・マイカンとNBA初期
NBA初期を代表する選手として外せないのが、ジョージ・マイカン。
ミネアポリス・レイカーズの中心選手として活躍し、1950年代前半のNBAを代表する存在となりました。
当時のバスケットボールは、現在以上にインサイドの大型選手が大きな影響力を持つ時代。
マイカンの存在は、NBAにおける「スターセンター」の時代を象徴しています。
しかし、NBAは単にスター選手を増やすだけではありません。
競技そのものを大きく変えるルールも導入されました。
その代表が24秒ショットクロックです。
1954年、NBAは24秒以内にシュートを打たなければならないショットクロックを導入。
これによって、ボールを長時間保持して時間を消費するような展開を防ぎ、試合のテンポを大きく変えました。
現在では当たり前の24秒。
その導入もNBAの歴史における大きな転換点です。
1960年代――セルティックス王朝とビル・ラッセル
1950年代後半から1960年代にかけて、NBAを支配したのがボストン・セルティックス。
中心にいたのがビル・ラッセルです。
セルティックスは1957年から1969年までの13シーズンで11回のNBA優勝。
ラッセル自身もNBA史上最多となる11個のチャンピオンリングを獲得しています。
1959年から1966年には8連覇も達成しました。
ここで重要なのは、ラッセルが単純な得点王タイプの選手ではなかったこと。
最大の武器はディフェンス、リバウンド、そしてチーム全体を機能させる力でした。
一方、この時代にはもう一人の歴史的センターが登場します。
ウィルト・チェンバレンです。
得点、リバウンドなどで圧倒的な数字を残し、ラッセルとの対決は1960年代NBAを象徴するライバル関係となりました。
個人記録を追求するチェンバレンと、チームディフェンスを軸に勝利を重ねるラッセル。
同じセンターでも、バスケットボールの見せ方は大きく異なりました。
NBAが「スター選手の個人競技」ではなく、「スターを中心としたチームスポーツ」として発展していった時代でもあります。
1970年代――ABAとの競争と3ポイントシュート
1970年代のNBAを語るうえで欠かせないのが、ライバルリーグのABA(American Basketball Association)です。
ABAには、NBAとは異なるルールや演出がありました。
その代表が3ポイントシュート。
ABAはNBAより先に3ポイントシュートを導入していました。
NBAは1976年のABA-NBA統合後、1979-80シーズンから3ポイントシュートを採用しています。
現在では試合の勝敗を左右する3ポイント。
そのルーツの一つはABAにあります。
また、ABAでは後にNBAでも大きなスターとなるジュリアス・アービング、通称Dr. Jが活躍。
華麗なダンクやドライブなど、現在のNBAにもつながるショーアップされたバスケットボールを印象づけました。
そして1976年、ABAとNBAが統合。
ABAからNBAに加入したのは、
・ニューヨーク・ネッツ
・インディアナ・ペイサーズ
・デンバー・ナゲッツ
・サンアントニオ・スパーズ
の4チームです。
現在もNBAを代表するフランチャイズが、ABAの歴史を受け継いでいるわけです。
1980年代――マジック・ジョンソンとラリー・バード
1980年代になると、NBAは大きな転換期を迎えます。
中心となったのが、マジック・ジョンソンとラリー・バードです。
マジックはロサンゼルス・レイカーズ。
バードはボストン・セルティックス。
東西を代表する2人のスターが、NBAファイナルでも激突しました。
特に1980年代は、セルティックスとレイカーズがNBAファイナルで何度も対戦。
1980年から1988年までの9回のNBAファイナルのうち、8回はセルティックスまたはレイカーズのどちらかが優勝しています。
この時代のNBAを象徴するのが、単なる個人対決ではなく、
レイカーズの華やかな速攻・パスワーク
対
セルティックスの組織的なバスケットボール
というチームスタイルの対比。
マジックとバードのライバル関係はNBA人気を押し上げる大きな要素となりました。
そして、この時代のNBAを語るうえで忘れてはいけないのが、もう一人の若きスター。
マイケル・ジョーダンです。
1990年代――マイケル・ジョーダンとシカゴ・ブルズ
1984年のNBAドラフトでシカゴ・ブルズに指名されたマイケル・ジョーダン。
1990年代に入ると、その存在はNBAそのものを象徴するまでになります。
ジョーダン率いるブルズは、
1991年
1992年
1993年
と3連覇。
ジョーダンの一度目の引退を挟み、1996年から1998年にも3連覇を達成しました。
ブルズはジョーダンの現役時代に6度のNBA優勝を記録しています。
ただし、ブルズの強さはジョーダン一人だけによるものではありません。
スコッティ・ピッペン、デニス・ロッドマン、フィル・ジャクソンHCなど、強力なチーム構成があってこその6度の優勝。
特に1990年代後半のブルズは、トライアングル・オフェンスと強力なディフェンスを組み合わせたチームでした。
そしてジョーダンの人気は、NBAをアメリカ国内だけのスポーツから、世界的なエンターテインメントへ押し上げる力にもなります。
1992年ドリームチーム――NBAが世界へ
NBAの世界化を語るうえで、1992年は特別な年です。
バルセロナ五輪に出場したアメリカ代表。
そこにはNBAのスター選手たちが並びました。
マイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソン、ラリー・バード、チャールズ・バークレー、パトリック・ユーイング、スコッティ・ピッペン、カール・マローン、ジョン・ストックトン……。
いわゆるドリームチームです。
1992年のチームは、NBA選手を中心とした初めてのアメリカ五輪代表。
バルセロナ大会で金メダルを獲得し、世界中にNBAスターのプレーを届けました。
もちろん、世界のバスケットボールがこの瞬間に突然変わったわけではありません。
しかし、NBAのスター選手が世界中のファンに直接知られる大きなきっかけになったことは間違いありません。
ここからNBAは、より国際的なリーグへ向かっていきます。
2000年代――NBAの国際化
2000年代になると、NBAではアメリカ国外出身の選手が珍しい存在ではなくなっていきます。
ヨーロッパからも多くの選手がNBA入り。
その代表がドイツ出身のダーク・ノビツキーです。
ノビツキーはヨーロッパ出身の大型選手としてNBAで成功。
その後もスペイン、フランス、セルビア、ギリシャ、スロベニアなど、世界各地からNBA選手が誕生します。
一方、アメリカでは、
・コービー・ブライアント
・ティム・ダンカン
・シャキール・オニール
・アレン・アイバーソン
・レブロン・ジェームズ
などがリーグを代表するスターへ。
2000年代のNBAは、アメリカのスターと世界各地から集まった選手が同じコートに立つリーグへと変化していきました。
2010年代――ステフィン・カリーと3ポイント革命
2010年代のNBAを語るなら、ステフィン・カリーを外すことはできません。
カリー自身が3ポイントシュートを発明したわけではありません。
しかし、3ポイントを試合の中心的な武器として押し上げた存在の一人です。
ゴールから遠い位置からでも高確率でシュートを決め、さらにドリブルからの3ポイントまで繰り出す。
それまでのNBAでは考えにくかったシュートレンジを、日常のプレーへと変えていきました。
NBA全体のフィールドゴール試投に占める3ポイントの割合も、2010-11シーズンの22.2%から、2020-21シーズンには39.2%まで上昇しています。
カリーは2012-13シーズンに当時のシーズン3ポイント成功数記録を272本に更新。
2014-15シーズンには286本、2015-16シーズンには402本まで記録を伸ばしました。
こうしてNBAのバスケットボールは大きく変わります。
大型センターがゴール下で得点するだけではない。
5人全員が外からシュートを打ち、スペースを広げ、ボールを動かす。
現代NBAにつながる「3ポイント中心」のバスケットボールです。
2020年代――世界中のスターがNBAへ
2020年代のNBAでは、国際化がさらに進んでいます。
2025-26シーズン開幕時のNBA公式発表では、30チームのロスターに43か国・地域から135人の国際選手が登録されました。
ヨーロッパ出身選手だけでも71人。
セルビアのニコラ・ヨキッチ、ギリシャのヤニス・アデトクンボ、スロベニアのルカ・ドンチッチ、フランスのビクター・ウェンバンヤマなど、リーグの中心を担う選手も多数います。
特に注目したいのは、国際選手が「NBAでプレーしている」という段階を超えていること。
MVP争い、NBAファイナル、オールNBAチームなど、リーグの中心部分を国際選手が担う時代になっています。
NBAはもはや「アメリカ人が中心で、外国人選手もいるリーグ」ではありません。
世界中のバスケットボール選手が目指す舞台へ。
その変化こそ、NBAの歴史を振り返るうえで非常に大きなポイントです。
NBAの歴史に残るチーム
NBAには数多くの名門チームがあります。
ここでは優劣をつけるのではなく、それぞれの時代を象徴したチームとして紹介します。
ミネアポリス・レイカーズ
NBA初期を代表するチーム。
ジョージ・マイカンを中心に、リーグ黎明期の人気を支えました。
現在のロサンゼルス・レイカーズにつながる歴史です。
ボストン・セルティックス
1950年代後半から1960年代にかけて圧倒的な強さを誇った名門。
ビル・ラッセルを中心に13年間で11回の優勝を達成しました。
ロサンゼルス・レイカーズ
マジック・ジョンソンの時代、シャキール・オニール&コービー・ブライアントの時代など、複数の時代でNBAを代表。
NBAの歴史を通じてスター選手を輩出してきたフランチャイズです。
シカゴ・ブルズ
1990年代のNBAを象徴するチーム。
マイケル・ジョーダン、スコッティ・ピッペン、フィル・ジャクソンを中心に2度の3連覇を達成しました。
サンアントニオ・スパーズ
1990年代後半以降、ティム・ダンカンを中心に長期間にわたって競争力を維持。
その後のNBAにも大きな影響を与えたチームです。
ゴールデンステート・ウォリアーズ
ステフィン・カリーを中心とした3ポイント主体のバスケットボールを象徴。
2010年代のNBAを語るうえで欠かせない存在です。
NBAの歴史に残る選手
こちらも「歴代最高」を決めるのではなく、各時代を象徴した選手として見ていきます。
| 時代 | 選手 | NBA史における主な特徴 |
|---|---|---|
| 1950年代 | ジョージ・マイカン | NBA初期を代表する大型スター |
| 1960年代 | ビル・ラッセル | セルティックス王朝の中心、11回優勝 |
| 1960年代 | ウィルト・チェンバレン | 圧倒的な得点・リバウンド能力 |
| 1970年代 | ジュリアス・アービング | ABAとNBAを代表するスター |
| 1980年代 | マジック・ジョンソン | レイカーズの司令塔、パスと速攻 |
| 1980年代 | ラリー・バード | セルティックスの中心、万能型フォワード |
| 1980~90年代 | カリーム・アブドゥル・ジャバー | 長期間にわたりNBAを代表したセンター |
| 1990年代 | マイケル・ジョーダン | ブルズの6度の優勝を牽引 |
| 2000年代 | コービー・ブライアント | レイカーズを代表するスコアラー |
| 2000~10年代 | ティム・ダンカン | スパーズの長期的成功を支えた中心選手 |
| 2000~20年代 | レブロン・ジェームズ | 長期間にわたりリーグを代表 |
| 2010年代~ | ステフィン・カリー | 3ポイント中心のNBAを象徴 |
| 2020年代~ | ニコラ・ヨキッチ | 国際選手時代を象徴するビッグマン |
| 2020年代~ | ヤニス・アデトクンボ | 欧州出身スターの代表格 |
| 2020年代~ | ビクター・ウェンバンヤマ | 次世代を代表するフランス出身スター |
こうして並べると、NBAの歴史は「すごい選手が次々と現れた歴史」であると同時に、バスケットボールそのものが変化してきた歴史でもあることが分かります。
NBAの歴史を変えたルールと戦術
NBAの歴史を選手だけで追うと、見落としてしまうものがあります。
それがルールと戦術です。
24秒ショットクロック
1954年に導入。
攻撃側が24秒以内にシュートを打つ必要があることで、試合のテンポを大きく変えました。
3ポイントシュート
ABAで先に導入され、NBAでは1979-80シーズンから採用。
現代NBAでは攻撃の中心的な武器となっています。
ポジションの概念の変化
昔のバスケットボールでは、
・PG=ボール運び
・SG=シュート
・SF=万能型
・PF=インサイド
・C=ゴール下
という役割が比較的明確でした。
しかし現代NBAでは、その境界がかなり曖昧に。
センターが3ポイントを打ち、ビッグマンがボールを運び、ガードがリバウンドを取りに行く。
いわゆる「ポジションレス」に近いバスケットボールです。
3ポイントとスペーシング
現代NBAの戦術を理解するキーワードが「スペーシング」。
コートを広く使い、ディフェンスを外へ引き出す。
その結果、ドライブするスペースが生まれ、3ポイントも打ちやすくなる。
カリーのような選手の登場は、単純に「遠くからシュートを決める選手が出てきた」という話ではありません。
NBA全体の攻撃思想にも影響を与えました。
NBAとBリーグ、ユーロリーグ、NCAA、Gリーグの違い
NBAを理解するためには、他のリーグとの違いを知るのも有効です。
| リーグ・大会 | 主な位置づけ |
|---|---|
| NBA | 北米を拠点とする世界最高峰の男子プロリーグ |
| B.LEAGUE | 日本の男子プロバスケットボールリーグ |
| EuroLeague | 欧州クラブによるトップレベルの国際大会 |
| NCAA | アメリカの大学バスケットボール |
| NBA G League | NBAの下部・育成リーグ |
特にNBAとNCAAは同じアメリカのバスケットボールでも役割が違います。
NCAAは大学スポーツ。
男子NCAAトーナメントは1939年に始まり、現在の「March Madness」へと発展しました。
一方、NBAはプロリーグ。
大学で活躍した選手がNBAドラフトなどを経てプロの世界へ進むケースも多くあります。
NBA G LeagueはNBAの公式マイナーリーグ。
2001-02シーズンにNBA Development Leagueとして始まり、2017-18シーズンから現在のNBA G Leagueという名称になりました。
日本のB.LEAGUEとは、リーグの成り立ちも市場規模も異なります。
NBAとB.LEAGUEを比較するときは、単純な「レベル差」だけでなく、リーグが置かれている市場、歴史、制度そのものが違うことにも注目したいところです。
日本人選手とNBAの歴史
日本のバスケットボールファンにとって、NBAの歴史は決して遠い世界の話ではありません。
日本人選手もNBAの舞台に挑戦してきました。
その先駆者の一人が田臥勇太。
2004年にフェニックス・サンズでNBA公式戦に出場し、日本人選手としてNBAのコートに立った先駆者となりました。
その後、
・八村塁
・渡邊雄太
・河村勇輝
などがNBAに挑戦。
特に八村塁はNBAドラフトで指名され、複数のチームでプレーするなど、日本人選手がNBAで継続的にプレーする時代につながっています。
日本バスケットボール界にとっても、NBAは「見る場所」から「選手が挑戦する場所」へ。
その距離は少しずつ近づいています。
NBAはなぜ世界的なリーグになったのか?
NBAの世界的な人気には、いくつもの要因があります。
スター選手の存在
ジョーダン、マジック、バード、コービー、レブロン、カリー。
時代ごとに世界へ発信できるスターが存在しました。
エンターテインメント性
NBAはスポーツであると同時に、ショーとしての側面も強いリーグ。
ダンク、アリーナ演出、選手の個性、ユニフォーム、シューズなど、コート外も含めた文化が形成されています。
世界中から選手が集まる
2025-26シーズン開幕時点で135人の国際選手がNBAロスターに登録されていたことからも、現在の国際性が分かります。
テレビ・インターネットとの相性
NBAはスター選手の個性が分かりやすく、短いハイライト映像でも魅力が伝わりやすいスポーツです。
SNSや動画配信との相性も良く、世界中のファンが選手個人を追える環境が整っています。
NBAの歴史年表
最後に、ここまでの流れを簡単に整理します。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1891年 | ジェームズ・ネイスミスがバスケットボールを考案 |
| 1936年 | バスケットボールがオリンピック競技に |
| 1946年 | BAA設立 |
| 1949年 | BAAとNBLが統合しNBA誕生 |
| 1954年 | 24秒ショットクロック導入 |
| 1950~60年代 | ジョージ・マイカン、ビル・ラッセル、ウィルト・チェンバレンらが活躍 |
| 1976年 | ABAとNBAが統合 |
| 1979-80年 | NBAで3ポイントシュート導入 |
| 1980年代 | マジック・ジョンソン、ラリー・バードが活躍 |
| 1990年代 | マイケル・ジョーダン、シカゴ・ブルズがNBAを席巻 |
| 1992年 | ドリームチームがバルセロナ五輪で金メダル |
| 2000年代 | NBAの国際化が進展 |
| 2010年代 | ステフィン・カリーと3ポイント革命 |
| 2020年代 | 国際選手がリーグの中心へ |
| 2027年予定 | NBAとFIBAによる欧州新リーグ構想 |
こうして見ると、約130年前に生まれたバスケットボールが、現在のNBAにつながっていることが分かります。
NBAの未来――世界最高峰のリーグはどこへ向かうのか?
NBAの歴史は、まだ終わっていません。
むしろ現在、大きな転換点を迎えようとしています。
その一つがNBA Europe構想です。
NBAとFIBAは、ヨーロッパで新たなプロリーグを立ち上げる計画を進めています。
NBA公式によれば、2026年7月時点で、2027年秋の開幕を計画。
構想されているリーグは16チーム。
その内訳は、
・永続的なフランチャイズ12チーム
・年間予選による4チーム
というモデルです。
候補都市としては、
・ロンドン
・マンチェスター
・パリ
・リヨン
・マドリード
・バルセロナ
・ミラノ
・ローマ
・ミュンヘン
・ベルリン
・アテネ
・イスタンブール
などが挙げられています。
ただし、ここは現時点で注意が必要です。
NBA Europeの具体的な参加チームや最終的なリーグ形態がすべて決定しているわけではありません。
2026年9月時点でも、NBAとEuroLeagueとの協力について協議が続いています。
NBAコミッショナーのアダム・シルバーは2026年9月、EuroLeagueとの協議を続けながらも、何らかの形で2027年にNBA Europeを開始する考えを示しています。
市場やフランチャイズについても、今後数か月で発表があるとの説明です。
さらに興味深いのが、NBA Europeを単純に「ヨーロッパ版NBA」にしようとしているわけではない点。
NBAとFIBAの構想では、欧州各国の国内リーグや代表活動との日程調整も検討されています。
つまり、
NBAの仕組みをヨーロッパにそのまま持ち込む
というより、
ヨーロッパのバスケットボール文化とNBAのビジネス・競技モデルをどう組み合わせるか
という実験でもあります。
これはNBAの歴史においても大きな意味を持つ可能性があります。
1891年、アメリカで生まれたバスケットボール。
1949年にNBAが誕生。
そこからアメリカ国内で発展し、マジック、バード、ジョーダンらによって世界的な人気を獲得。
ドリームチームをきっかけに世界へ広がり、現在ではヨーロッパをはじめ世界各地からトップ選手がNBAへ集まっています。
そして次は、NBA自身がヨーロッパに新しいリーグを作ろうとしている。
バスケットボールが「アメリカ生まれのスポーツ」から「世界のスポーツ」へ変化してきた歴史を考えれば、非常に象徴的な動きです。
まとめ――NBAの歴史はバスケットボールそのものの進化
NBAの歴史を振り返ると、単純な「優勝チームの歴史」ではないことが分かります。
1891年、ネイスミスによって考案されたバスケットボール。
1946年、BAAが設立。
1949年、BAAとNBLが統合してNBA誕生。
1950年代のジョージ・マイカン。
1960年代のビル・ラッセルとセルティックス。
1970年代のABAと3ポイント。
1980年代のマジック・ジョンソンとラリー・バード。
1990年代のマイケル・ジョーダン。
1992年のドリームチーム。
2000年代の国際化。
2010年代のステフィン・カリーと3ポイント革命。
そして2020年代、ヨキッチ、ヤニス、ドンチッチ、ウェンバンヤマら世界各国のスターがNBAの中心へ。
NBAの歴史とは、スター選手が交代してきた歴史であると同時に、ルール、戦術、ビジネス、メディア、そしてバスケットボールそのものが進化してきた歴史でもあります。
そして、その先にあるのがNBA Europe構想。
2027年に向けた新たな動きが実現すれば、NBAの歴史はまた新しい章に入ることになります。
1891年に一つの体育館から始まったスポーツ。
その130年以上後、世界中の選手が目指す舞台へと成長したNBA。
その歴史を知れば、現在のNBAを観るときの景色も少し変わってくるはずです。

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