世界最高峰の女子プロバスケットボールリーグ「WNBA」。
1997年のリーグ開幕以来、日本からも世界のトップ選手たちに挑戦する選手が現れてきました。
日本人初のWNBA選手となった萩原美樹子をはじめ、大神雄子、渡嘉敷来夢、町田瑠唯。そして2026年には山本麻衣が新たにその歴史に名を刻んでいます。
本記事では、2026年10月8日時点でWNBAのレギュラーシーズン公式戦に出場した歴代日本人選手5人について、身長・体重・ポジション・経歴・WNBAでの成績を紹介します。
さらに、2026年のWNBAドラフトで指名された田中こころについても解説。
日本人選手たちが歩んできた挑戦の歴史を振り返ります。
※本記事ではWNBAレギュラーシーズンに出場した選手を「WNBA経験者」としています。成績は特記がない限りレギュラーシーズンの記録です。身長・体重は主にWNBA登録値を採用しています。
WNBAでプレーした歴代日本人選手一覧
2026年10月8日時点で、WNBAのレギュラーシーズンに出場した日本人選手は5人です。
| 選手名 | 出場年 | 所属チーム | 出場試合数 |
|---|---|---|---|
| 萩原美樹子 | 1997〜1998年 | サクラメント、フェニックス | 36 |
| 大神雄子 | 2008年 | フェニックス | 23 |
| 渡嘉敷来夢 | 2015〜2017年 | シアトル | 94 |
| 町田瑠唯 | 2022年 | ワシントン | 36 |
| 山本麻衣 | 2026年 | ラスベガス | 14 |
日本人初のWNBA選手が誕生したのは、リーグが開幕した1997年。
その後、2008年に大神雄子、2015年に渡嘉敷来夢、2022年に町田瑠唯が挑戦し、2026年には山本麻衣が5人目の日本人WNBA選手となりました。
WNBA自体の創設経緯や歴代のスター選手、リーグの発展については、関連記事で詳しく紹介しています。
関連記事:WNBAの歴史を徹底解説!1997年の創設から現在まで、時代を築いたスター選手と名門チーム
萩原美樹子|日本人初のWNBA選手
プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 萩原美樹子(Mikiko Hagiwara) |
| 生年月日 | 1970年4月27日(WNBA登録値) |
| 出身地 | 福島県 |
| 身長 | 175cm |
| 体重 | 約72kg |
| ポジション | ガード |
| WNBA所属 | サクラメント・モナークス、フェニックス・マーキュリー |
| 出場年 | 1997〜1998年 |
| ドラフト | 1997年エリートドラフト全体14位 |
※生年月日はWNBA登録値を採用。国内の一部資料では4月17日とされており、資料間に相違があります。
経歴
福島女子高校から共同石油(後のJOMO)に進み、日本女子バスケットボール界を代表する得点源として活躍しました。
日本リーグでは1993年から1996年まで4年連続得点王を獲得。
1996年アトランタオリンピックでは日本代表の主力として出場し、平均17.8得点を記録しています。
この活躍を経て、1997年に創設されたWNBAへ挑戦しました。
日本人初のWNBAドラフト指名
1997年、萩原はサクラメント・モナークスからエリートドラフト全体14位で指名されました。
そして同年6月21日、WNBA創設シーズンの開幕戦に出場。
日本人初のWNBA公式戦出場を果たしました。
1997年シーズン途中にはフェニックス・マーキュリーへ移籍し、翌1998年もプレーしました。
WNBAでの成績
| 年 | 出場試合 | 平均得点 | 平均リバウンド | 平均アシスト |
|---|---|---|---|---|
| 1997 | 26 | 2.9 | 0.9 | 0.8 |
| 1998 | 10 | 2.2 | 0.2 | 0.3 |
| 通算 | 36 | 2.7 | 0.7 | 0.6 |
※1997年はサクラメントとフェニックスの合計。
萩原の挑戦は、日本人選手の海外進出における重要な転換点となりました。
WNBAが誕生したその年から、日本人選手が世界最高峰の舞台に立っていたという事実は、日本女子バスケットボールの歴史を振り返るうえで欠かせません。
現役引退後は指導者としても活動し、女子日本代表の育成世代などに携わっています。
大神雄子|日本屈指のポイントガードがWNBAへ
プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 大神雄子(Yuko Oga) |
| 生年月日 | 1982年10月17日 |
| 出身地 | 山形県 |
| 身長 | 約168cm |
| 体重 | 約63kg |
| ポジション | ポイントガード |
| WNBA所属 | フェニックス・マーキュリー |
| 出場年 | 2008年 |
| ドラフト | 指名なし |
経歴
山形市立第一中学校から女子バスケットボールの名門・桜花学園高校へ進学。
高校卒業後はJOMOに加入し、日本代表でも長年にわたって活躍しました。
スピードと得点能力を兼ね備えたポイントガードとして知られ、日本女子バスケットボール界を代表する選手の一人となりました。
2008年にはフェニックス・マーキュリーに加入し、WNBAに挑戦しています。
2008年にWNBAデビュー
大神は2008年、フェニックス・マーキュリーで23試合に出場しました。
萩原美樹子以来となる日本人WNBA選手の誕生です。
当時のマーキュリーには、WNBAを代表するスター選手のダイアナ・トーラジらが所属。
世界トップクラスの選手たちとともにプレーする貴重な経験を積みました。
WNBAでの成績
| 項目 | 2008年 |
|---|---|
| 出場試合 | 23試合 |
| 先発出場 | 0試合 |
| 平均出場時間 | 7.8分 |
| 平均得点 | 2.4点 |
| 平均リバウンド | 0.7本 |
| 平均アシスト | 0.6本 |
大神はWNBA挑戦後、中国リーグでもプレー。
現役引退後は指導者に転身し、トヨタ自動車アンテロープスのヘッドコーチなどを務めています。
日本のトップ選手が海外のプロリーグに挑戦する流れをつないだ存在です。
渡嘉敷来夢|日本人最多のWNBA出場記録を持つビッグマン
プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 渡嘉敷来夢(Ramu Tokashiki) |
| 生年月日 | 1991年6月11日 |
| 出身地 | 埼玉県 |
| 身長 | 約190cm |
| 体重 | 約79kg |
| ポジション | パワーフォワード/センター |
| WNBA所属 | シアトル・ストーム |
| 出場年 | 2015〜2017年 |
| ドラフト | 指名なし |
経歴
桜花学園高校で全国大会を経験し、卒業後はJX(後のENEOS)に加入。
日本国内では得点力とリバウンド能力を兼ね備えたインサイドプレーヤーとして活躍しました。
190cmを超えるクラスの身長に加え、機動力も備えていることが大きな特徴です。
2015年にはシアトル・ストームと契約し、WNBAに挑戦しました。
2015年に新人ベスト5へ選出
渡嘉敷はWNBA挑戦初年度の2015年から30試合に出場。
16試合で先発を務め、平均8.2得点、3.3リバウンドを記録しました。
その活躍が評価され、WNBAオールルーキーチーム(新人ベスト5)に選出されています。
シアトルではスー・バードやブリアナ・スチュワートといった世界的なスター選手ともチームメートになりました。
WNBAでの成績
| 年 | 試合数 | 先発 | 平均得点 | 平均リバウンド | 平均アシスト |
|---|---|---|---|---|---|
| 2015 | 30 | 16 | 8.2 | 3.3 | 0.8 |
| 2016 | 31 | 1 | 5.3 | 2.5 | 0.3 |
| 2017 | 33 | 1 | 3.2 | 1.6 | 0.6 |
| 通算 | 94 | 18 | 5.5 | 2.4 | 0.6 |
渡嘉敷は3シーズンで合計94試合に出場。
2026年10月時点でも、日本人選手のWNBAレギュラーシーズン最多出場記録を保持しています。
また、日本人選手として初めてWNBAの新人ベスト5に選ばれたことも大きな実績です。
日本人選手がWNBAで継続的にプレーできることを示した存在といえるでしょう。
町田瑠唯|小柄な司令塔が世界最高峰に挑戦
プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 町田瑠唯(Rui Machida) |
| 生年月日 | 1993年3月8日 |
| 出身地 | 北海道 |
| 身長 | 約163cm |
| 体重 | 約57kg |
| ポジション | ポイントガード |
| WNBA所属 | ワシントン・ミスティックス |
| 出場年 | 2022年 |
| ドラフト | 指名なし |
経歴
札幌山の手高校から富士通レッドウェーブに加入。
国内では優れたパスセンスとゲームメーク能力を武器に活躍してきました。
2021年に開催された東京オリンピックでは、日本代表の銀メダル獲得に貢献。
準決勝のフランス戦では、オリンピック女子バスケットボールの1試合最多記録となる18アシストを記録しました。
その翌年、WNBAのワシントン・ミスティックスへ加入しています。
2022年に36試合へ出場
町田は2022年シーズンに36試合へ出場し、うち2試合で先発しました。
身長約163cmと、WNBAでは小柄なポイントガードながら、パスを中心としたゲームメークでチームに貢献。
得点数以上にアシスト能力が持ち味の選手です。
WNBAでの成績
| 項目 | 2022年 |
|---|---|
| 出場試合 | 36試合 |
| 先発出場 | 2試合 |
| 平均出場時間 | 12.9分 |
| 平均得点 | 1.8点 |
| 平均リバウンド | 1.1本 |
| 平均アシスト | 2.6本 |
渡嘉敷がインサイドで存在感を示したのに対し、町田はゲームメークという異なる強みでWNBAに挑戦しました。
日本人選手が世界最高峰の舞台で活躍するための選択肢を広げた挑戦でした。
山本麻衣|2026年に日本人5人目のWNBA選手へ
プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 山本麻衣(Mai Yamamoto) |
| 生年月日 | 1999年10月23日 |
| 出身地 | 広島県 |
| 身長 | 約165cm(WNBA登録値) |
| 体重 | 約58kg |
| ポジション | ポイントガード/シューティングガード |
| WNBA所属 | ラスベガス・エーシズ |
| 出場年 | 2026年 |
| ドラフト | 指名なし |
※身長はWNBA登録値を採用。日本バスケットボール協会では163cmと登録されています。
経歴
桜花学園高校を卒業後、2017年にトヨタ自動車アンテロープスへ加入。
日本代表では3人制と5人制の両方で活躍してきました。
東京オリンピックでは3×3日本代表として出場し、パリオリンピックでは5人制日本代表に選出されています。
スピードを生かしたドライブや、積極的な3ポイントシュートが特徴のガードです。
2025年からWNBAに挑戦
2025年2月、ダラス・ウィングスとトレーニングキャンプ契約を締結。
この時点ではWNBAのレギュラーシーズン出場には至りませんでした。
しかし2026年4月、日本代表としてラスベガス・エーシズとのエキシビションゲームに出場し、24得点を記録。
その後、7月17日にエーシズとの契約が発表されました。
そして7月28日のポートランド・ファイア戦でWNBA公式戦デビュー。
萩原美樹子、大神雄子、渡嘉敷来夢、町田瑠唯に続く、日本人5人目のWNBA選手となりました。
WNBAでの成績
2026年レギュラーシーズンでは14試合に出場。
平均5.1得点、1.1リバウンド、1.4アシストを記録しました。
| 項目 | 2026年 |
|---|---|
| 出場試合 | 14試合 |
| 先発出場 | 0試合 |
| 平均出場時間 | 約15.2分 |
| 平均得点 | 5.1点 |
| 平均リバウンド | 1.1本 |
| 平均アシスト | 1.4本 |
| フィールドゴール成功率 | 37.1% |
| 3ポイント成功率 | 38.1% |
| フリースロー成功率 | 100.0% |
特に注目したいのが3ポイントシュートです。
2026年レギュラーシーズンでは42本の3ポイントシュートを放ち、16本成功。成功率38.1%を記録しました。
14試合で合計71得点を挙げ、シーズン最多得点は16点でした。
日本の小柄なガードが示した可能性
山本の挑戦で注目したいのは、身長165cm前後というサイズでWNBAの公式戦出場を実現したことです。
町田瑠唯に続き、日本の小柄なガードが世界最高峰の舞台に立ち、得点力を発揮しました。
とりわけ3ポイントシュート成功率38.1%という数字は、山本のシュート力がWNBAでも通用したことを示す一つの材料といえるでしょう。
田中こころ|2026年WNBAドラフトで全体38位指名
WNBAでの公式戦出場はまだありませんが、日本人選手の新たな挑戦として紹介したいのが田中こころです。
プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 田中こころ(Kokoro Tanaka) |
| 生年月日 | 2006年1月10日 |
| 身長 | 約173cm |
| 体重 | 確認できず |
| ポジション | ポイントガード |
| 所属 | ENEOSサンフラワーズ |
| WNBAドラフト | 2026年3巡目・全体38位 |
| 指名チーム | ゴールデンステイト・ヴァルキリーズ |
2026年ドラフトで日本人史上2人目の指名
田中は2026年のWNBAドラフトでゴールデンステイト・ヴァルキリーズから3巡目・全体38位指名を受けました。
日本人選手のWNBAドラフト指名は、1997年の萩原美樹子以来29年ぶり、史上2人目の出来事です。
ただし、ドラフト指名はWNBA公式戦への出場を保証するものではありません。
田中は2026-27シーズンも日本のWリーグでプレーする方針を示しており、2026年10月8日時点ではWNBA公式戦への出場は確認されていません。
今後、WNBAでのプレーが実現するか注目されます。
WNBAに挑戦した日本人選手の歴史
日本人選手のWNBA挑戦を年代順に振り返ると、それぞれ異なる特徴が見えてきます。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1997年 | 萩原美樹子が日本人初のWNBA選手に |
| 2008年 | 大神雄子がフェニックスでプレー |
| 2015年 | 渡嘉敷来夢がシアトルに加入し新人ベスト5に選出 |
| 2022年 | 町田瑠唯がワシントンで36試合に出場 |
| 2026年 | 田中こころがドラフト全体38位指名 |
| 2026年 | 山本麻衣が日本人5人目の公式戦出場を達成 |
1997年に萩原が道を切り開いてから約30年。
日本人選手のWNBA挑戦は決して多くありませんが、その歴史は受け継がれてきました。
特に興味深いのは、選手たちのポジションやプレースタイルの違いです。
萩原や大神の得点能力、渡嘉敷の高さと機動力、町田のパスセンス、山本のスピードとシュート力。
それぞれが異なる武器を持ち、WNBAへの挑戦を実現しています。
日本人選手がWNBAでプレーするのはなぜ難しい?
世界各国のトップ選手が集まる
WNBAにはアメリカ国内の大学出身選手だけでなく、ヨーロッパ、オーストラリア、アジアなど世界各国の代表クラスの選手が集まります。
限られたロスター枠を争うため、各国の代表選手であっても必ず契約できるわけではありません。
ドラフト指名と公式戦出場は別
WNBAではドラフトで指名された選手が、必ずしもレギュラーシーズンのロスターに残れるわけではありません。
ドラフト指名を受けた選手でも、トレーニングキャンプを経て契約を解除される場合があります。
また、ドラフト外の選手がチームと契約し、公式戦に出場することも可能です。
実際に日本人WNBA経験者5人のうち、ドラフト指名を受けたのは萩原美樹子のみ。
大神雄子、渡嘉敷来夢、町田瑠唯、山本麻衣はドラフト指名を受けずにWNBAでプレーしています。
日本のWリーグとの日程調整
WNBAと日本のWリーグではシーズンの開催時期が異なります。
そのため、両リーグでプレーすること自体は可能ですが、代表活動や所属チームとの契約、移動、コンディション調整などが課題になります。
日本代表としての活動を続けながらWNBAに挑戦する選手にとって、こうした日程調整も重要な要素です。
まとめ|日本人選手のWNBA挑戦は次の時代へ
2026年10月8日時点で、WNBAのレギュラーシーズン公式戦に出場した日本人選手は5人です。
- 萩原美樹子:1997年に日本人初のWNBA選手となった先駆者
- 大神雄子:2008年にフェニックス・マーキュリーで23試合に出場
- 渡嘉敷来夢:3シーズン94試合に出場し、新人ベスト5に選出
- 町田瑠唯:2022年に36試合へ出場した日本代表の司令塔
- 山本麻衣:2026年に14試合へ出場し、3ポイント成功率38.1%を記録
さらに2026年には田中こころがWNBAドラフトで指名され、日本人選手の挑戦に新たな動きが生まれました。
1997年の萩原美樹子から始まった歴史は、約30年を経た現在も続いています。
今後、日本人選手がWNBAでさらに多くの出場機会を得られるのか。
そして、新たな日本人WNBA選手が誕生するのかにも注目です。


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